暁やコロナに耐ふる元気満ち [東京スカイツリー]
一瞬の先も読めぬぞ朝ぼらけ [東京スカイツリー]
年に二度ツリーと朝陽の逢瀬かな [東京スカイツリー]
桃色にスカイツリーの遊戯かな [東京スカイツリー]
マイカテゴリー<東京スカイツリー>は、建設中以後は、特別な光景のみアップだが、珍しきピンクのスカイツリー也。夕陽が東方のスカイツリーにスポットを当てて、桃色ツリーで輝いていた。駄句をもう一句…
月と雲ツリーも隣る夜寒かな
「おまいさん、見てごらんよ」。夜9時だというのに、ベランダから東の空を見れば月と雲に、東京スカイツリーも輝いて寒空の賑わい。昨夜、本を読んでいたら「隣る」があった。国語辞典をひくと「ラ(ロ)・リ(ッ)・ル・ル・レ・レ」の活用。「隣る」を使ってみたかっただけ。春の月ツリーに刺して団子かな [東京スカイツリー]
朝のトイレで新聞を開いたら、東京スカイツリーとほぼ満月の写真が載っていた。うむ、それならあたしも25日夕方に撮った、と即興句。
春の月ツリーに刺して団子かな
目下、猪瀬直樹『ミカドの肖像』シリーズ中でブログアップせぬが、その25日を境に、ベランダに日々通ってきていたメジロらがパタッと姿を見せなくなった。例年のことで、「あぁ、近所の梅が咲いたか、御苑の寒桜が咲いたか」と思うことにしている。実際、近所の梅や、御苑の寒桜を観に行くと何羽ものメジロが群れている。月とスカイツリーが重なる日に、日々通ってくるメジロらが来なくなると覚えておこう。
スカイツリーと朝陽の絡みは何度か撮った。太陽の行って来い(移動)往復にスカイツリーと朝陽が、年に2度絡む。その理屈を理解すべく、近所(新宿コズミックセンター)のプラネタリウム(300円)に初めて行ったが、星がらみ童話上演がメイン。不覚にも眠ってしまって未だよくわかっていない。
さて、この月とツリーの絡みの道理は・・・。これまた宿題。この歳になってもわからないことばっかりだ。
猪瀬直樹『ミカドの肖像』は、「大日本帝国憲法」や「明治天皇」「昭和天皇」をお勉強して、彼の同著が結局は何も言っていない、空虚なまま終わっていることがわかった。『ミカドの肖像』シリーズはあと数回で終われそう。
江戸狭しスカイツリーの遠花火 [東京スカイツリー]
昨夜、オリンピックのサッカー「日本VSエジプト」を観よってんでテレビのめぇに座ったら「おまいさん、花火が見えるよぅ。隅田川花火は終わったてぇのに、あちこちで大きな花火だよぅ。屋上で観ておいでよ」「てやんでぇ、サッカーが始まるじゃねぇか」「なに言ってんだい。始まる始まるといいながら、なかなか始まらないのがテレビじゃないか」「そりゃそうだ。んじゃ、ちょっくら屋上に上ってくらぁ」
かくして撮ったのが左の写真。位置的に「江戸川花火大会&市川市民納涼花火大会」らしい。もう一ヶ所、もっと北よりでも上がっていて、それは松戸の花火らしい。
撮ったのは新大久保の9階建マンション屋上。江戸は狭めぇや。比して国民と政治家との距離は絶望的に遠い。
ツバメ来てツリーとサンの逢瀬かな [東京スカイツリー]
昨日、東京スカイツリーの後ろに朝日が昇った。昨年も同時期に同じような写真を撮った。頭が悪いゆえ、よくわからぬが朝陽は夏至(6月21日)が最も北寄りで、冬至(12月22日)が最も南寄りから昇る。約60度の移動。南から北に寄り、元の南寄りに戻って1年。その中間が春分の日(3月21日)と秋分の日(9月23日)で真東から朝陽が昇る。夕陽が沈む方位は、この逆になる。
かくして我が家から見て東京スカイツリーと朝陽が交わるのは往復の二回で、今と秋は9月10日頃。年に二回の交わり。昨年は4月6日に撮って<入学日ツリー真上に朝日祝>と詠んだ。今年も明日が公立学校の入学式だが、もうひとつ、愉しいことがあった。
かかぁの「おまいさん、ツバメが来たよう」の声にベランダに立てば、4羽のツバメがあのシャープな飛翔を展開していた。自宅からのツバメ初認は09年が4月11日、10年が14日、11年が19日だった。今年のツバメは一昨日の「爆弾暴風」の南風に乗ってきたか、えらく元気がいい。<ツバメ来てツリーとサンの逢瀬かな>
冬の雲見え隠れする邦の先 [東京スカイツリー]
今朝の黎明。朝刊を開くと、17日発売「ギネス」にスカイツリーが「世界一の高さのタワー」と登録されているとあった。パソコンに向かう首を右に向ければ、窓の外にツリーが見える。ツリー先端は雲んなか。
新聞にはTPP、原発、東日本復興、円高 年金、血税を貪る官僚、老害会長。日本の今も先も不透明。 冬の雲見え隠れする邦の先
そうこうしているうちに、東の空は久々に眩しく晴れ上がった。我が邦の明日もそうなりますように・・・。さて、鳥撮りに行きましょうか、図書館巡りをしましょうか。
「おまいさん、たまには仕事をしておくれよ。米櫃がからっぽだよぅ」とかかぁの声。我が家の明日を覆った鉛色の雲は消えそうにありません。
夜跨ぎ新旧タワーの秋暑し [東京スカイツリー]
昨夜、眼下に東京タワーが煌めく、星二つのレストランでディナー。今朝はサンライズの眩しさに目覚め、東京スカイツリーと朝陽の絡むシーンを見た。夜をまたいで新旧タワー也。
朝陽を撮るには、もう少し早い時間がいい。このショット直後にオレンジ色は失せ、ただ白い眩しさに変った。
スカイツリーは単独では面白くない。朝陽、雲、飛行船、鳥、稲妻・・・何かが具合よく添って初めて情景になる。人も一人では存在の意すらない。
東窓に臨むサンライズは、二か月ほど前にはここより15度ほど北寄りに昇ってい、じわじわとタワー寄りになる。無知ゆえに天文的説明ままならずも、太陽の昇る位置はかくのように変化する。その周期についても説明出来ぬ。伊豆大島で露天風呂に浸かりつつ見る夕陽もまた、季節によって沈む位置が伊豆半島先端から赤城山に移る。ボケ始めた頭で、この辺を何度か勉強したが理解するに至らず。老人に宇宙のスケールは大き過ぎるようだ。解かり易く教えてくれる方はいないだろうか・・・。
夏の雲スカイツリーのか細さや [東京スカイツリー]
夏至迎へ夕陽俄かにツリー射し [東京スカイツリー]
昨日の夕餉時、梅雨空で見えなかったり霞んだりの東京スカイツリーだったが、にわかに夕陽の強い照り返しで、かくのように輝いた。「おまいさん、ご飯ぐらい落ち着いてお食べよ」の声を背にベランダでカメラを構えた。
最近の「新宿発ポタリング」は下町徘徊が多い。下町では東京スカイツリーの基部から天っぺんまでの聳え立つ姿が、街の景色に溶け込んでいた。昨日も浅草辺りのポタリングでツリーを間近で見上げた。「ふーん、クレーンがまた一本無くなりつつあり」と思っただけ。だが夕陽の強い照り返しでギラッと輝いたツリーは、夏到来をメッセージしていた。明日は夏至。あの炎暑がまた襲う。以前の日本の夏は、それなりに風情があったもんだが、今は灼熱化した。
そう、新大久保のマンションながら「スカイツリーが正面に見え、5路線便利至極」のうたい文句で一室が従来よりグンと高額で売り出されていた。我が太腿は連日ポタリングで競輪選手並みの極太化した。
役目終へ静かに去りて夏の風 [東京スカイツリー]
昨日のスカイツリー。新宿・大久保から見て左のタワークレーンの姿が消えた。これから順次すべてのクレーンが解体されよう。振り返れば昨年4月、飯田橋のビルの陰から僅かに姿を現したタワークレーン。それを撮ってブログにマイカテゴリー「東京スカイツリー」を設けて定点撮影。
今まで馴染んできた東京スカイツリーは、タワークレーンと併せた姿だったが、これからは本来の姿で、また新たな情景を楽しませていただきましょう。
役目終えて去るってぇのは、フリーランサーの生業。頼まれ仕事が主だから、仕事が終わればクライアント(企業や制作チーム)と別れる。指を折っても折っても足らぬ出逢いと別れ。一つの仕事が終わって、次の仕事に出逢うまで仕事なしの若い時分もあれば、締切りが幾つも重なって切羽詰らねばやる気も起きぬ時代もあった。そんな不安定な身で、よくもまぁ、続いたものよ。「感謝・感謝…」と東の空に手を合わせれば、姿を消したクレーン左上空に大きな虹が架かった。
入学日ツリー真上に朝日祝 [東京スカイツリー]
今朝もまた陽は刹那かな鳥曇 [東京スカイツリー]
春暁のかくも変化の早さかな [東京スカイツリー]
節電やサマータイムのサンライズ [東京スカイツリー]
節電と言われるまでもなく朝型。サマータイム。「早起きは三文の徳」。日々、サンライズを愉しんでいる。1週間ほど前から朝陽が東京スカイツリーに寄ってきた。以来、朝陽とツリーの絡みを期待したが、起きるのが少し遅かったり曇天だったりした。そして4月1日の朝…。
「こりゃいけるゾ」。7F自宅から屋上(10F上)に出た。いつもは自室より「飯田橋ファーストタワー」ビル向こうのツリーを撮っているが、屋上に上がればツリー基部左が見え、すでに朝陽は昇っていた。ツリー下に見えるのは後楽園遊園地ジェットコースター。朝陽は斜め右に昇って飯田橋のビル上へ。そして上空に昇るに従って橙色の暁光は眩しい白に変っていった。4月1日。入学式、新学期、入社式、新年度。旅立ちの季節。好い明日になりますように…。
電波塔新旧替はる弥生かな [東京スカイツリー]
天衝くも早や日常の春暁か [東京スカイツリー]
昨日の東京スカイツリー。久し振りに大気がスカッと抜け、まずは朝焼けに聳えるシルエットを撮った。早くも日常景色なり。グングンと天を衝いたあの頃の驚きと感動は色褪せたか…。<天衝くも早や日常の春暁か>
午後、ツリーが陽光を浴び輝いていた。思わずシャッター。そして夕方、なんということでしょう、ツリー真横に満月じゃないか。ツリー背後に昇るかと思いきや、満月はツリー上にスルー。かくして夜明け、昼、夕方とスカイツリーを撮ってしまった。閑だねぇ。
目下は584㍍。アンテナ7段目設置完了で近々にまた10㍍アップ。600㍍に迫る。ちなみに高尾山標高は599㍍。改めてツリーは「高い!」。そして今夜、ひょっとすると自宅から望んで、ツリー真後ろに月が出る角度になるか。(※1:曇りで月出ず。ままならねぇ。※2:19日に594㍍になった)
朝焼けに天聳(そそ)るツリー世界二位 [東京スカイツリー]
東雲の朱から蒼へツリー伸び [東京スカイツリー]
昨日の暁。地平が曙光で朱く染まり、それが闇から薄蒼色になった天空にグラデーションで溶けていた。そんな東雲に、東京スカイツリーと近所の団地の水道塔がシルエット。100-400㎜レンズがメンテナンス中ゆえ、久し振りに70-300㎜(IS付き)で撮った。朝食は七草粥なり。
東京スカイツリーは6日夕方に、ゲイン塔がまた伸びていた。ツリー専門のどのサイトも、これで何㍍になったかの記述なし。しかたがないから自分で推測する。前回が529㍍から539㍍になったことから、おそらく10㍍伸びて549㍍になったと思われる。(後日、この推測が正しかったと判明す)
去る12月24日のこと。ツリー右に見える「戸山ハイツ水道塔」天辺に人が居たのにはちょっと驚いた(写真下)。いったい誰が何をしていたのだろう。同日夜のツリーは聖夜ライトアップで12月25日のブログ通り。
明けましておめでとうございます [東京スカイツリー]
元旦の東京スカイツリーは穏やかな曙に539mのシルエットでした。春には634㍍に達するそうです。写真は12月末に撮った文京区役所25階展望ホールからのスカイツリー。どこまでも平らな下町に異様でもあり、神々しくもあり、こんなものを造って本当にいいのでしょうか、という気持ちもなくはなし。
この位置から後ろ(西)を向けば新宿の高層ビル群と彼方に山並み…。自宅マンション7Fから文京区役所とスカイツリーが見えるってことは、ここから我が家も見えるはず。改めて針の穴を通すかの奇跡で、自宅からツリーが望めると再確認(写真下の赤丸辺りが我が家)した次第。今年もコリアンタウン・大久保よりツリー望みつつブログ酔狂続けます。皆様のご発展ご健康をお祈り致します。
飛行船そらも賑はふツリーかな [東京スカイツリー]
冬の空スカイツリーに大蛇巻き [東京スカイツリー]
昨日、川向う・本所深川辺りを散策した。東京スカイツリーが近くに見える。おやっ、第二展望台に大蛇が巻き付いている。これが空中回廊か…。
江戸深川資料館に二度目の訪問。下町長屋が再現されているが、四畳半ほどの狭き部屋に台所と竃(へっつい)。こんな竃で煮炊きして火事にならぬか。薪ストーブ、囲炉裏好きには興味尽きぬ。
散策クライマックスは巨大ホームセンター「コーナン江東深川店」の発見。余りの品揃え充実に驚きと感動。今までは「中野」駅下車「島忠」だった。ここで大島用のチェーンソーも斧も買った。今後は東西線「早稲田」、大江戸線「東新宿」から「門前仲町」下車で「コーナン」です。また日曜大工がやりたくなってきた。
いにしへの江戸を見直すツリーかな [東京スカイツリー]
一昨日の東京スカイツリー。前回の写真より大変化です。まず第2展望台が大きく膨らんできた。天辺に何やらニョキッと出始めた。「制振装置」とやらでよくわからぬが、これで510mほどになったろうか。後はアンテナが伸びることになる。
新宿はコリアンタウン・新大久保から双眼鏡でツリーを見ているってぇと、いつしかツリー基部の業平、浅草、隅田川を想ってしまう。大好きな志ん朝落語なら「文七元結」をはじめ多くの演目が下町舞台だ。廓(吉原)噺しかり。(先日、大阪の噺家さんのホール落語に行ったが噺の舞台が淀川でピンとこなかった)。明治・大正文学にも「隅田川」は欠かせぬ。いや、江戸の戯作者、浮世絵師、出版もあの辺りでうごめいていた。今どこかの美術館で蔦屋重三郎展をやっているようだが、蔦屋だって吉原の門前が出発点だ。
「東京スカイツリーってのは江戸文化を見直せよ」と言っているような気がしてきた。江戸庶民はみんな貧しかったが、おおらかだった。粋だった。親切だった。人情があった。天気の好い日に鳥撮りをお休みして、向島あたりをのんびりと散策してみようかしら。※ブログ左枠の「カテゴリー」より「東京スカイツリー」クリックでどうぞ。
秋高し聳えるツリーの遠目佳し [東京スカイツリー]
写真は10日前に清澄公園から撮った東京スカイツリー。新大久保マンション7Fからの写真に比し、当然ながら細部がクリアーに写っている。第二展望台や天辺を工事中かしら。ほぼ500mに達したツリーは、鳥撮りで外出する度に「おぉ、ここからも見えるぞ」としばし空を仰ぐ。今は業平辺りの基部へ行くより遠目の方が見応えありか…。
巨大な建造物や大自然が良いのは、人を謙虚にすることのように思われる。俳句の「わび・さび・しほり・ほそみ」ってぇのも、人って小さい、儚い、無常の謙虚意識が「扉」になっている気もする。也有翁の「鶉衣」の「六十齢説」の句「六十てふ身や夫だけではぢ紅葉」がこう教えてくれる。「お前ぇも六十(むそぢ)てふ(と言ふ…の変化形)と齢を越えた隠居の身。それだけで恥ずべきことが多くなっているんだから、もっと謙虚に目立たぬようひっそり生きるがいい」。
流れ雲見え隠れするタワーかな [東京スカイツリー]
昨日の東京スカイツリーは、横筋系流れ雲がツリーを見せ隠して、その変化のおもしろいこと。今朝は雲ひとつなく、地平のオレンジ色が上空のブルーに向かってグラデーション。これまた美しい朝まだき。第二展望台が膨らんできましたね。
So-netより「ブログレポート」あり。前月アクセス15,252、前々月16,473。過去3ヶ月でアクセス数の多かった記事第2位が「けふの月ススキ替りのツリー哉」。
今朝は目覚めのコーヒーを飲みつつ、昨夜アクセスを見れば総アクセス数25万を越え、おやっ、誰かが「坪内逍遙と荷風さんの元妻」なぁんて記事を読んでいる。「さて、どんな記事だったかしら」と調べれば昨年7月に記したもの。探し出して改め読んでみたりして、徐々に目が覚めて行くんです。「今日は久しぶりに好い天気だから、どこかに鳥撮りに行きましょか」などと考えつつ、ツリーをふと見れば既に朝まだきの橙色は消え、ツリー側面が南寄りに昇った朝日を受けてギラッと輝いているではありませんか。こう記しながら刻々変化のツリーを何度撮ったことでしょう。
秋霖にけふもタワー姿消へ [東京スカイツリー]
安部筲人「俳句」の教え通り「向こう側の言葉=具象の名詞・動詞」で一句。三段切れでもなく、さらに二段切れにもならぬよう下五も流してみた。むろん季重ねでもなく、観念・自己露出もなし。はたして筲人(しょうじん)先生にお褒めいただけましょうか…。
写真は1週間ほど前の東京スカイツリーだが、以来ずっと秋霖ゆえ、その姿を現わさなかった。見えたり見えなかったり…。時にクッキリと見えて、そこに朝日、雲、鳥や飛行機、夕焼けの照り返し、月が絡んだりするといい絵になるんだが、そんな日は一ヶ月に数日あるかなしや。
さて、今日は久しぶりの晴天なり。腰の按配もよく3週間振りにカメラをもって新宿御苑を歩きましょう。それで腰に異変なければ葛西、手賀沼、北本へ。さらには放置しっ放しの伊豆大島「小屋」にも行って薪割りでもしましょうか。