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瀬戸内寂聴「美は乱調にあり」 [読書・言葉備忘録]

biwa1_1.jpg 瀬戸内寂聴の48歳作「遠い声」は、「大逆事件」刑死の唯一の女性・管野スガに成り切って、ズシツと重い作品だった。それより5、6年前、40歳になったばかりの瀬戸内が取り組んだのが、同じ流れ(社会主義、無政府主義)の憲兵・甘粕による「大杉栄・伊藤野枝・6歳の甥の橘宗一虐殺事件」の、野枝を主人公の「美は乱調にあり」だった。

 憲兵・甘粕による「虐殺事件」に迫るかと読み進めたが、同作は大杉栄の三股、四角関係による「日陰茶屋事件」で終わってしまった。大正時代の女性運動家らの愛欲相姦物語の感に止まった。力不足だったか。最後まで書き切れなかったことを、著者は「瀬戸内寂聴全集・拾弐」の自身解説で、こう記していた。

 「甘粕の供述は、何か奥歯に物の挟まったような感じがつきまとい、真実味がないように感じられた。出来るだけ資料をあさり尽くしたが、私はどうしても漠然とした疑惑から解放されなかった」

 同作はまず伊藤野枝が明治44年、大逆事件・処刑の二ヶ月後に、上野高等女学校に入学して教師・辻潤と出逢うところから始まる。野枝は五年生の夏休みに、親の言う通りに結婚。式だけ挙げて夫を寄せ付けぬまま再上京。野生的な魅力を発する野枝17歳、知的で控えめなダダイスト辻潤28歳は師弟愛で結ばれる。野枝は「新しい女」で脚光を浴びる『青踏』に投稿。平塚らいてう(明子)は、ちょっとふっくらした知的な美貌もあって、若い女性らに同性愛的憧れの的。野枝は才が認められて編集委員になり、神近市子がモーパッサンの翻訳で投稿してくる。

 そのなか、平塚らいてうは若い燕(美少年の画学生・奥村博史)に夢中になって愛の巣に籠る。『青踏』は人気凋落。同誌を一人で編集する野枝にアナキスト・大杉栄が接近。大杉には姉さん女房の堀保子(堺利彦の妻の妹)がいるが、無政府主義ならではのフリイラブを説く。野枝が第二子出産で辻と実家に帰省中、大杉は神近市子と情交。やがて野枝も辻の許を去って大杉に走る。四角関係、大杉の三股。フリイラブは相互自立が前提も、結局は婦人記者、翻訳でまともに働いている神近市子が三人の金銭面倒をみる。大杉と野枝が、西村伊作の弟で佐藤春夫邸設計の大石七分の世話で「本郷菊富士ホテル」へ。ここから執筆に向かった葉山「日陰茶屋」の大杉の首に、神近市子の短刀が落ちた。

 同作をここで終えて、大きな宿題になった。それから16年、出家から8年後の昭和56年、瀬戸内寂聴59~60歳にかけて再び同テーマ「諧調は偽りなり」に取り組む。彼らを虐殺した憲兵甘粕を、大正時代を、女性らの闘いをどう捉えるか・・・。(続く)


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