SSブログ

乳ヶ崎は描ききれまいぞ崖と海 [週末大島暮し]

nodahama1_1.jpg 初めて描いた風景スケッチが、ロッジ前「ケイカイ」より望む「乳ヶ崎」だった。今度は近く、野田浜から断崖・乳ヶ崎を仰ぎ見つつ、その迫力を描いてみようと思った。乳ヶ崎は大島の最北端。一度だけ登った事がある。麓に戦後処理を終えて自決した『福井参謀の碑」があった。

 頂からの眺望は海を見て、振り返って三原山を見て、海岸線を見て、すべてが絶景だった。岬先の眼下に瀬があって、常に白波が立っている。昔(昭和8年)東京湾汽船「葵丸」が乳ヶ崎海岸で座礁したとか。現場は絶壁下の岩礁か、岬沖の早瀬だろうか。黒砂の海岸(野田浜)は一気に深くなっている。子供や泳げぬ人は波打ち際から沖に出ないほうがいい。

 弘化3年(1846)の長谷川晋吉(渡辺崋山の門人・永山茜山)が描いた「伊豆七島図会」の「千賀崎(乳ヶ崎)遊竿の図」は、実際の景色とは異なる「奇景」に描かれていた。今、話題の印象派・モネには「ノルマンディーの絶壁と海」の連作がある。乳ヶ崎もまた朝霧の岬、陽光浴びる岬、夕陽に映える岬、西の風に耐える岬~と日々刻々と多彩な表情があろう。隠居趣味のスケッチでも、島に行く度に描いても描き切れぬだろう乳ヶ崎です。


コメント(0) 

コメント 0

コメントを書く

お名前:[必須]
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。