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硯の海に遊ぶ [鶉衣・方丈記他]

yokoinoe1_1.jpg 絵を描き始めて横井也有『鶉衣』の筆写・解釈が中断された。今日は同著「四芸賦」より、絵についての記述に注目。その部分はこう始まっている。

 ~そも又画ばかり(ほど)位(品格)の品々(さまざま)なるはなし。能画(よい絵)のうへは(ついては)さらにいはず(改めて言うまでもない)。鳥羽絵(漫画)の男は痩せてさびしく、大津絵(旅土産の絵)の若衆は肥えて哀れなり。うき世絵は又平(岩佐又兵衛)に始まり菱川(師宣)に定り、今、西川(祐信)につきたるといふべし。旅籠屋の屏風には、芥子か牡丹か知れぬ花咲きて、人より大きなる鶏の、屋の棟にとまりたるこそ目さむるわざなれ(興ざめのさま)。又は藪寺のふすまには、遠水(遠くの水)に波高く、遠人(遠くにいる人)の目鼻あざやかに、帆かけ舟に乗りて跡へ走る(風の逆に走る)、これらも絵にあらずとはいはざるべし(絵ではないとはいえない)。

 デッサンが滅茶苦茶でも、絵は絵に違いないと言っている。真面目あらざる小生は、弊ブログで菱川師宣(もろのぶ)の春本『好色いと柳』と『床の置物』の各「序」を筆写したことがある。大田南畝が横井也有の同著を出版したのは天明7年(1786)。也有翁はその3年前に没ゆえ、彼が語る浮世絵は歌麿、北斎らを知らず。同章の最後を筆写する。

 ~俳諧師の絵は、上手下手の沙汰なしとて、翁(芭蕉)も跡をのこし給へば、我も我流の筆ぬらしそめて、破れ鍋の画賛をかけば、綴蓋(とぢぶた)の望みてありて、こゝかしこにちりぼふ。あハれ恥しらぬわざながら「はゞからず書きちらすはよし」と、吉田の法師を無理なる荷担人(かたうど)にして、此年此硯の海に遊ぶ事にぞありける。

 小生も、哀れ恥知らぬわざながら、はばからず下手な絵をネット上に書き散している。


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