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鏡花⑥嵐山光三郎『文人悪食』 [牛込シリーズ]

akujikikyoka.jpg 前回は泉鏡花の麹町旧居について、各氏記述文を紹介したが、同じ方法で嵐山光三郎『文人悪食』(37名の文人の〝食のこだわり〟を各氏記述をまとめた書。(氏は『悪党芭蕉』で第34回泉鏡花文学賞を受賞)で、鏡花の黴菌恐怖症=超潔癖症が異彩を放っていた。

 同書から鏡花の潔癖症(黴菌恐怖症)ライフを簡単に紹介してみる。黴菌恐怖から「腐」を嫌って「豆腐」を「豆府」と書いた。「豆腐・大根おろし」も煮沸滅菌してから食った。寺本定芳が「先生宅の焙じ茶の味は格別で、誰もが二度と忘れない美味」と記しているが、それはほうじ茶も番茶もグラグラと煮立て、塩を少し入れての滅菌お茶だった。

 晩酌は二合ほどで、当然ながら熱燗で消毒。熱くて持てぬ徳利、唇が焼けるほどの熱さ。旅行には煮立てた熱燗を魔法瓶に入れて携帯。画家・岡田三郎夫人が見かねて、固形アルコールランプを進呈したとか。魚は当然ながら刺身ダメ。食すは白身の上物のみ。肉は鳥。春菊は茎の穴に〝はんみょう(毒虫)〟が卵を産み付けているとして絶対に食べなかった。虫が食うソラマメもダメ。

 文人仲間と鍋を囲む際は、しっかり煮込んでから食すために他者と境界線を設定し自分領域を主張とか。木村家のアン抜きアンパンが好きだったが、表裏をあぶり、指でつまんでいた部分を最後に捨てたとか。畳でおじぎをする際は、畳に手が触れぬように手の甲を浮かせた。巷の便所は小便がはねるから使わず。常にアルコール携帯消毒綿を常備して手指の消毒を欠かさず。

 『蠅を憎む記』で黴菌の恐怖を記しているそうな。自宅の土瓶や煙管の吸い口には、夫人手製の千代紙を丸めたキャップ(栓)付き。蠅への脅迫観念から、執筆前に原稿用紙上に蠅が飛べば、清めの水でお祓いをした。訂正した文字は黒々と塗りつぶし、その文字霊を抹殺した。蛇や蛭や化け物を描きつつ、それらと真逆の潔癖生活から耽美文芸を生んだ。

 同じ耽美小説に谷崎潤一郎がいるが、彼はヌラヌラしたものが大好き。ヌメヌメ・ドロドロを舐めて、フニャリとするものが好き。生肉が好き。性愛=舐めるの陶酔境地を記している。

 泉鏡花の潔癖症・黴菌恐怖症は、母28歳の死、同じ紅葉門下・小栗風葉のコレラ罹患、嫁ぎ先で二人の子の赤痢看病によって32歳で亡くなった妹、実弟・斜汀の妻の結核、そして自身の30歳頃に赤痢に罹って胃腸病~などの影響があったらしい。

 昨夜の正月テレビで、世界の知識人らが極度の潔癖症は利他拒否、利己主義になりかねないと語っていた。スペイン風邪の大流行と共に終わった第一次世界大戦。米英仏独の4ヶ国協議の最中に、米国大統領ウィルソンもスペイン風邪で39.4の発熱で入院。その間のヴェルサイユ条約でドイツは巨額賠償を負った。ドイツはそこからアーリア人中心の国家(潔癖主義)を目指し、そこから人種主義(他民族迫害、自民族をも選別)に結びついた狂気のナチズムが台頭した。

 自然や人体は黴菌があってこそ成り立つ仕組み。コロナ感染から過度の潔癖主義、短文で煽る危険な方向に進まぬように警戒しなければいけないと言っていた。最後に泉鏡花の晩年~掃苔。

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