しっぽりと蚊帳の中へ(20) [甲駅新話]
<三>そりやア、ほんにぞんじゐせんで、おかまゐも申しいせん。サア、下へお出なんし ~と金公が手をとる~
<金>今にいきやす
<谷>畜類め、つれていきたがるの
<三>ぬしのおじやまに成ゐせふかとおもつてさ
<谷>いらぬお心遣ひさ。まだ、かんじんの相手が来ねへもの
<三>今にお出でなんすのさ。
<金>おめへも下へお出なせんし
<谷>そんなら往て見よふか
<三>~金公が帷子、羽折を持て~ 何かをわすれずに持ていきなんし
<金>こうと、よしよし、さあさあ ~三人ともおりる~
<金>何所だ・何所だ
<三>爰でおぜんすよ
<谷>是ハ、エゝおすめへだ。しかし、へつつゐがねへの
<三>おがミいす。よしなんし
<谷>へつつゐの代に、きりきりす籠が二ツあるが、中には何も居ねへの
<三>此ぢう客衆に貰ゐしたが、つい逃ゐした
<金>どうして
<三>ナニサ、はるのが草を取けへてやるとつて、二ツながら逃しゐした。いつそ悔しくつて、わつちやア、泣いしたよ。ホホホ、ホホホ
<谷>エゝサ、その代り、おめへが又はやく受出されるハな ~<三>きせるを取て、谷粋をたゝく~
<谷>アイタ・アイタ
<綱>~来り、あんどうのかげへすわり、かんざしにて、あんどうををむせうにつゝき(行灯を無性に突っつき) ~じれつてへぞよ~
<金>何じれつてへエ
<綱>なんでもさ
<谷>色事か、ただし盆の仕廻(盆は決算期で、そのやりくり)か。ぼんの工面なら案じなさんな。おれがうけ込ハ。
<綱>それハモウ、おかたじけなふおぜんす。 お礼から先へもふしんす
<谷>是ハお礼で、いたミ入やす。
<綱>ホンニ、おめへも、ゑへかげんにしやべりなんし。ひとりで口をきゝなんすね
<谷>今まで、おめへが来ねへから、二人めへの口をきいて居たのさ
<綱>それハ御苦労さ。ホンニ、三沢さん、お前の何さんハ、富さんに似て居なんすね
<三>アイ、しづかな所なんざあ、いつそよく似て居いすよ
<谷>似た者ハ烏瓜と睾丸(きんたま)の梅漬だ
<綱>まだ、むだア、いんなすよ。サア、往ておよりゐし。ぬし達の邪魔になりいす。サァ、お出なんし
<谷>是ハ大の不首尾だ。御意にまかせて、サア、めへりやせう
「畜類め=仲のよい男女をやきもち半分にけなす語」。他に「自分の心を惑わす女性についていう語、こいつめ」 別の辞書には「江戸後期の流行語。物事が思い通りに運びそうな時などに発する語。しめしめ」とある。つまり状況次第で意が変わる。国語学者はもっと広義の意で捉えるべきだろう。あたしなら「こんちくちょう、ざまぁみろに準ずる言葉」と解釈する。
「へつつゐがねへ=竈がねぇ」は、新所帯じゃねぇとからかっている。キリギリスが籠から逃げて悲しがる女郎に、その功徳で「おめへが早く受出される」と言う谷粋。叶わぬ現実があるだけにキツい冗談になる。そんな谷粋に相方の綱木がしだいにキレてゆく。
蚊帳とキリギリスが出てくるので、美女が蚊帳を吊るシーンを描いた歌麿「婦人泊り客之図」を模写。昔の夏の夜に蚊帳は必需品だった。クーラー普及で蚊帳は忘れられた。いや、あたしは立派な蚊帳持ちなんです。
伊豆大島にロッジを建て、週末遊びを四、五年を続けた頃のこと。いざダイビングへと玄関でウエットシューズへ足を突っ込んで激痛。靴ん中から赤黒い大ムカデが這い出した。激痛に悶え、島の友に助けの電話。彼がうれしそうな顔をして「マムシ入り焼酎」持参。〝毒には毒で制す〟と足の指にソレを塗ってくれた。秋には部屋ん中で虫が鳴く。蜘蛛をはじめ見たこともない虫も出没する。蛇もいる。都会生まれ育ちには、余りに厳しい小動物らとの遭遇。
そんなワケで六、七万円はした底付きの立派な蚊帳を購った。これで初めて島の夜も裸で寝ても安眠と相成候。遊女の色っぽい蚊帳吊りの絵から、つまらん話をしてしまった。
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