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あじな仕打ちに会話も途切れ(23) [甲駅新話]

koeki19_1.jpg<三>オヤ、それよりうへかへ

<金>六さ

<三>とんだ若いね。わつちが年をあてて見なんし

<金>コウト、二度目の厄年(数え三十三歳)が過たろう

<三>ばからしい。よしておくんなし。又くすぐりいすよ

<金>アゝ、そんならほんにいおふ。二十三か四だろう

<三>よく見なんした。二でおぜんす。女といふものはふける物だねへ。谷粋さんとやらハへ

<金>いくつだか知るらねへ

<三>オヤ、連衆(つれしゅう)の年を知りなんせんかへ

<金>ナニサ、そんなに心やすかあねへ。一座ハ今夜が初だもの

<三>ほんにかへ。いつそよく口をきゝなんすね

<金>こうまん(高慢)ばかりいふよ

<三>新やしき(大名屋敷を後に武家屋敷にした地)かへ

<金>ウゝ

<三>ぬしやア、何所だへ

<金>わつちも新やしきさ

<三>嘘をつきなんし。今度からひとりで来なんしよ、という事もねへさ、おさげすミも知らねへで(さげす「蔑」まれているとも知らないで~と卑下している)

<谷>来ねへでどうするもんだな。しかし十日ほども前から仕廻(しめへ)を付ずハ、いつでもさしだろう。(今風に言えば、十日間ほど前から指名をしておかなければ差し=他の客と差しあうことになろのだろう)

<三>又、てうし(調ず=整える、調理する、懲らしめる、いじめる。ここではいじめる)なんすか

~と今度ハおき上り、金公がうへえ乗かゝり、こそぐる。是よりあじなしうちに成り、はなしもとぎれ、しばらく有て~

<金>アゝ、あつく成た

<三>うちわを上んせうか

<金>ウゝ、かしな

<三>手水に往て来いすよ

<金>そんならどふぞ。茶を一盃持て来てくんな

<三>ソレ、見なんし。人の呑なんせんかといふ時ハ呑もしなんせんで 

~といひながら、かやを出て、びようぶ引あけ、ろうかをばたばた。あとハ金公一人成。世間も物おとしづまりて、となりの咄、手にとるごとく~

 

 『甲驛新話』は艶っぽい場になったが、隣座敷の会話へ移る。妓楼(旅籠屋)とて、隣座敷とは襖一枚。耳を澄ませば秘め事も筒抜けか。これは庶民の長屋とて同じ。暮らしぶりも秘め事も明け透け。晒し晒されて、大らかに笑って生きる他はない。

 江戸文化に関心を持てば浮世絵は欠かせぬ。浮世絵なら〝和印〟も無視できぬ。そこに〝覗き・盗み聞き〟は当然として描かれている。まぁ大らかなことよ。しかし、ここにお上の手が入るとねじ曲がる。

堅物・松平定信「寛政の改革」は衣食住に限らず、出版統制にまで及んだ。隠密を市中に放ち、隠密を見張る隠密も放ったとか。こうなると大らかさは地下に潜り、隠蔽され、陰湿になり、息苦しくなってくる。暮らしから笑いも消える。蔦重は財産半減、山東京伝や喜多川歌麿は手鎖の刑。恋川春町は自害に追い込まれた(内藤新宿の投げ込み寺=成覚寺に彼の朽ちかけた墓あり)。

ついでに言えば、後の「天保の改革」では芝居小屋移転や七代目市川団十郎の江戸追放。戯作者では為永春水(手鎖50日)や柳亭種彦(執筆禁止)などが処罰されている。

お上は怖い。嫌いだ。明治になると庶民が知らんうちに「ミカドの民」となって「大日本帝国憲法」で、戦争に突っ込んで行った。隠密に代って憲兵・特高・秘密警察・公安が暗躍し、日本の大らかさは遥か遠い過去のものになった。

「表現豊かな春画の秘部を、黒く塗りつぶした野蛮な時代がようやく終わりを告げたことを、喜ばずにはいられません。日本の近世・近代のセクシュアリティの研究は、これでようやく本格化するでしょう」 上野千鶴子(東大文学部教授)

これは河出書房新社刊、林美一+リチャード・レイン共同監修『定本 浮世絵春画名品集成』の推薦腰巻の一部。1990代末に24巻刊。一巻1600円~2800円ほどで、今は「古本市」で500800円ほど。あたしは先日の池袋の古本市で五冊購った。

かくして〝和印〟は刊行に至ったが、日本はねじ曲がり、深く病み、もうあの頃の大らかだった時代には永遠に戻らぬ。失ったものは計り知れない。
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