茶屋に戻った谷粋と金公(30) [甲駅新話]
<金>そんなら着けへて(着替えて)来やせふ ~と下へ <三>も一所におりて~
<三>あんなにいひじらけ(言白け=言い争って座を白けさす)にして置ちやア、おかしゐもんだね
<金>ナニサ、うつちやつて置なせへ
<三>そんなら、ぬしやアかならずちけへ内に来なんしよ、谷粋さんとやらハどふでモウ来なんすめへ
<金>廿七八日時分に来よふ
<三>けふハ三日(二十三日)だね。そんなら待て居いすよ
~<金>着かへる内を待かね <谷>二階よりおりる~
<谷>どふだどふだ、きつい感通(通じ合う)だの。人のこゝろも知らねへで
<金>サア、もふよふごぜんす
<五郎>モウ、ひとりの女郎衆ハヘ
<谷>よしさよしさ
<三>どなたも憚りもふしんした(失礼しました) ~金公がせなかをつつきて~ ほんにへ
<金>アイ、おさらば
<谷>三さわさん、おやかましうごぜんしたろう
<三>アイ、そんならどふぞ、又此頃にお出なんし
<谷>正月の十二三ある時(そんな時はない)に来やせふ
<三>きついあいそうさ。おさらばへ
<半兵衛>ごきげんよふ。又おちかい内に
<金>おせ話おせ話 ~くぐり戸がぐらりぐらり(廓の朝の常套句。門・戸が閉まって、脇のくくり戸から出る)~
<五郎>夕べハどふでごぜんした
<谷>ナニモウ、いめへましいふんばりよ。寝てばかり居やあがつたから、いざこざをいつたら怖がつて下たつけが、よくよくおそろしそうで、けへるまでつらも出しゑへねへ。金公なんざあとんだ事よ。
<五郎>ミさわさんのほんにーが気に入やせんよ
<金>ナニサ、谷粋さんを、なんでも連もふして来い、とつてさ
<谷>おれをば、とつぽどおそれて居よふよ ~いろいろはなしの内にさかミやの門ト~
<後>おはよふござります。サア、お上りなさりまし
<金>イイエ、もふ遅く成やした
<谷>モウ直にいきやせう
<後>そんなら煮ばな(煮端=煎じたての香味のある茶)を一ッあがりまし。~脇ざし、笠など出して~ 夕べの残りを上ませう ~と前きんちやくへ手をかけるを~
<金>~おさへて~ 何よしさ。取て置な
<後>それハありがとうござります
<谷>そんなら、おさらば
<後>ハイ、左様なら。又どふぞおちかい内にお出なさりまし
<金>アイ、おせわに成りやした
<五郎>どなたも御きげんよふ
<後>モシ、お羽折のお衿がまだおれません
<金>アイ、さあ、おさらば・おさらば
〇夏の夜は、まだ宵ながら明ぬるを、知らせよふとて烏がかあかあ、鐘がごんごん(天龍寺の鐘。今も明治通り沿い山門あり。中に入って右手に時の鐘がある)、舂米屋ががつたりがつたり(玄米を搗く店の臼の音)。
『甲驛新話』の挿絵は金公と谷粋の姿を描いた一点だけで、あとは行替えなしの全文棒組み。それでは読みずらいし、おもしろくもないので、今の会話文体裁のように会話毎に行替えし、内容に即した絵をあちこちから探して模写絵を加えた。シリーズ(4)で金公を、(5)で谷粋の絵を別々に模写したが、物語の最後で元の絵のように二人揃った一枚絵に戻した。
くずし字、江戸言葉の勉強に加えて筆ペンでの絵の模写は、いずれはオリジナル、たとえば筆ペンでさらっとスケッチでも描けるようになったらいいなぁとの魂胆がらみ。さて、思い通りに行きましょうか。
くずし字はひらがな中心の山東京伝の黄表紙『江戸生艶気蒲焼』、そして今回の漢字交じりの大田南畝(山手馬鹿人)洒落本(遊里文学)を筆写、読み書きしたことになります。洒落本は次の世代に十辺舎一九『浮世道中膝栗毛』、式亭三馬『浮世風呂』や『浮世床』の〝滑稽本〟へ。さらに為永春水『春色梅児誉美』などの〝人情物〟へ発展して行きますが、今度は何を読みましょうか。おっと、あと一頁。あとがき「跋」が残っていました。
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