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一瞬の秋、一瞬の雪山 [暮らしの手帖]

akiakaneosu_1.jpg 春と秋が好きだが、昨今は酷暑が長引いて、一気に晩秋。そして雪も降った。秋を楽しむ間もない。季は逸したが、背伸びすれば歌舞伎町が見える東新宿に訪れた〝一瞬の秋〟の記録が、7Fベランダ他に飛んで来た赤トンボ。

 赤トンボ(アキアカネ、秋茜)は、翅を体の下に徐々に下げて休むとか。♂♀共に翅を下げている。オスは成熟すると腹部も赤くなり、メスは背中が赤くなるのもいるが腹部は淡褐色らしい。

 24日の雪は「東京の11月初雪、1962年以来54年振り」とか。1962年(昭和37年)の雪の思い出がある。社会人山岳会の新人2年生。富士山で滑落やザイルワーク訓練後に、厳冬期・南アルプス縦走合宿に参加。深い雪との闘い。そこに切迫形相の伝令が来た。稜線の風を避けた地に全員が集められ、先輩隊の「甲斐駒・赤石沢奥壁登攀隊」三名遭難の報。縦走を中断して、甲斐駒へ急行する旨が告げられた。

akiakanemesu2_1.jpg 今は更地らしいが甲斐駒五合目小屋?が会の拠点になった。社会人ゆえ多くは帰京も、あたしは最後の遺体収容まで滞在。小屋に電報が来た。「大学進学手続きの締切迫る。帰京せよ」。

 大学入学。山岳部の勧誘を断った。亡き登攀隊員・須藤氏の赤シャツを形見にいただいて、それを着て武甲の沢登りに行った。下流の沢でテント泊。深夜「逃げろ」の怒声でテントを這い出し、ブッシュに取り付いて振り返れば、土石流がスローモーションのようにテントを呑み込んで行った。

 先輩の形見の赤シャツをはじめ全てを失って、交番でお金を借りて帰京した。しばらくして同山岳会三年在籍で退会。山をやめた。今、ネット検索したら甲斐駒の奥壁取り付き、八丈バンド辺りに慰霊プレートがあると知った。54年も前の〝山の思い出〟。この歳になれば、それも幻のような一瞬の思い出。


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