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「長根浜」の象とライオンと羊と [週末大島暮し]

naganehama1_1.jpg 昔の絵葉書「黒潮に浮かぶ伊豆大島」に「長根浜公園から三原山を望む」写真あり。同公園の為朝顕彰碑は紹介済だが、今はゴジラ像、中村彜(つね)像などがあり、水着混浴露天風呂「浜の湯」、道路向こうに食堂・プール併設の「御神火温泉」がある。

 この写真で眼についたのが赤屋根の東屋。公園から野田浜へ向かう「サンセットパームライン」沿いに同じような東屋が幾つかある。同ライン開通は「黒潮小屋」竣工時と同じく「島の新聞」に大仰な見出しで報じられていた。「世界第二の人口を誇る大東京六百万人の健康と行楽のためのハイキングコースとして開通」。なんと昭和12年開通で、昭和38年の大島循環道路開通より26年も前のこと。この絵葉書は昭和25・26年噴火後のもの。その当時からこの東屋は建っていて、前回紹介の縦長写真のアンコさんが寄りかかるのも同東屋の柱だろう。今は「浜の湯」で撤去されている。

 第二に注目は、松林奥の赤い建物。なんだろう。伊豆大島「懐かしの写真集」を見たら「移動動物園を長根浜公園に設置し、象やライオン等、島の人達が普段見ることの出来ない動物を披露した」とあった。ホントかいなぁ。

 調べたら確かにそうで、昭和26年5月に上野動物園「移動動物園」のアジア象「はな子」と雌ライオンが、東海汽船の貨客船「黒潮丸」(昭和22年進水)で大島にやって来て一ヶ月滞在。その間に「はな子」散歩中に脱走騒ぎもあったとか。

 ネットを丹念に探索すると、アンコさんが子象に乗った当時の写真が「東京ズーネット、井之頭自然公園」サイトでヒット。「はな子」は昨年6月末に69歳で長寿全うした。また昭和30年刊の岩波写真文庫「伊豆の大島」に、長根を背景にした草原(公園)に〝羊の群れ〟写真があった。昭和10年の「島の新聞」に動物公園の孔雀と羊の群れの記述があり。動物園から連れて来て撮ったのかも知れない。

 なお「長根浜」の名は、眼下の海に突き出た溶岩岬=長根から。室町幕府成立=1338年噴火熔岩で、当時は先端まで大地で、波に浸食されて熔岩だけ残った形とか。ってことは昔は西海岸一帯が200㍍先まで大地だったということか。話題豊富な長根浜公園です。

 現・長根浜公園と云えば「浜の湯」。昭和61年の大噴火で、元町地区の水源井戸の温度が上昇して温泉になったとか。大規模「御神火温泉」に比して「浜の湯」の常連古老らは〝効きが断然違う〟と絶賛。温泉から望む夕陽は絶景だが、振り向けば三原山で、4年前の土石流の痛々しい傷跡(山肌)が、やっと緑になってきた。

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