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渡辺淳一『女優』⑤須磨子著『牡丹刷毛』 [大久保・戸山ヶ原伝説]

hamlet_1.jpg 松井須磨子著『牡丹刷毛』(大正3年刊)に、島村抱月「序に代へて」あり。女優・須磨子の素晴らしさを記していた。その一部概要を紹介する。

 ~俳優には、言ふまでもなく声が、肉体の釣合が、顔の造作が、記憶もよくなくてはいけない。表情が強く、練習が積まれてゐなくてはいけない。逆に気の散る人、遅疑する人は俳優になれない。眼前の路を一直線に前進する人でなくてはいけない。例えば、舞台に立って科白を言ふ間に他の事を思ふと、科白の中の思想感情が中絶する。言葉を胴忘れしたり、動作に間隙を生じたりするのはその為である。舞台に穴が明き、演技の緊張感が欠ける。

 之れを救う唯一の道は、其の与へられた思想感情を純一なまゝに捧げ持つて、崩さず、惑わずに進行する工夫である。それは情熱の力、信念の力、同化の力によってゐる。俳優といふ肉体芸術家の霊魂が有する描写力、表現力、創造熱の永続。女優としての須磨子女史が有する最大の強味はこれだと思ふ。otiyo_1.jpg

 さらに須磨子の劇団内での不評についても、こう分析していた。~俳優ならではの特性を有する事で、直情径行の癖がつき、理性を忘れて感情に走ると目せられ、世渡りが下手になる。傍から浅はかな、無反省な我がままものゝやうに誹られる。殊に女性としての須磨子女史が世間の一部から孤立してゐる最大の理由がこゝにある。

 抱月が「ラブだぁ~」と叫んでいても、彼女の魅力・欠点を冷静に見抜いているのがわかる。また『人形の家』ノラの稽古で、差し伸ばす腕が真っ直ぐになるまで如何に長い練習をしたかなどにも言及。演技に興味ある方は「国会図書館デジタルコレクション」松井須磨子『牡丹刷毛』をどうぞ。同書には須磨子の17章随筆が収録で、読んでいると須磨子の息遣い、肌の温もりも伝わってくるようです。

 一方、島村抱月著でお勧めは本人著『人生と芸術』(大正8年刊)。雑司ヶ谷墓地の墓石に刻まれた「在るがまゝの現実に即して全的存在の意義を髣髴す 観照の世界也 味に徹したる人生也 此の心境を芸術と云ふ」が同書冒頭に記されている。

 写真上は『牡丹刷毛』より『ハムレット』オフヰリアの真っ直ぐに伸びた腕。写真下は『嘲笑』お千代役。「~つまり男からありがたれゝばこその妾ですものね。もっともそれも若い内だけの事ですから。私はなるべく若い内に死んで了ひたいと思ってゐるんですよ」。

 新宿図書館、通常利用は7月1日だってさ。川村花菱『松井須磨子~芸術座盛衰記』、吉田精一『島村抱月〈人及び文学者として)』も読んでみたく思っていますが、ひとまず終わる。

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