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平成を振り返る(6) [政経お勉強]

sihonsyugi1_1.jpg さて、お勉強は行きつ戻りつ。再び水野和夫『資本主義の終焉と歴史の危機』を読み返してみる。「資本主義=経済成長=利潤追求」で、資本主義の〝欲望〟は止まることを知らず。結果、富裕層が資産独占。そのしわ寄せが「格差・貧困」の形で弱者へ集中。かつての圧倒的多数=中間層をも蝕んだ。

 利子率は13世紀にローマ教会公認で生まれたそうだが、日本がそれに餞別をつけるようにゼロ金利へ。令和3年の今「10年国債利回り=0.06前後」。つまり資本主義の機能を失ったまま状態。投資は世界中に行き渡り、儲かる投資先もない。

 イタリア・ジェノバでは山頂までワイン畑が広がり、日本では最北地から山頂にまでウォシュレット普及のエピソードは既に紹介した通り。我家近所では海外観光客皆無もホテル建設が続いていて、リモート勤務推奨で電通本社ビル売却も、超高層オフィスビル建設は止まらない。

 後進国への投資で高利潤を得られなくなった投資家は「電子金融空間=IT(情報技術)+金融自由化(グローバル化)で資本を瞬時に各国へ飛ばしてキャピタル・ゲイン(売買差益)を貪り出した。さらに貪欲にレバレッジ(担保証拠金の何十倍相当の取引可能の仕組み)で稼ぐ浅ましさ。「アベノミクス」も実態経済にも関係なしのキャピタル・ゲインで株価が動いている。

 歯車が狂えば再びリーマン・ショックも起きかねず「バブルと崩壊」の繰り返し。崩壊すれば公的資金投入で大金融機関や大企業は救済も、中間層・非正規はリストラされて貧困層となり、生き残っても実質賃金は下がるばかり。

 著者は先進国の中で最も早く「資本主義の限界」に直面したのが日本と指摘する。1997年からずっと低金利。バブル崩壊も会見した。そこから生まれた新自由主義の「トリクルダウン」で真下の杯におこぼれは届かない。結局は富裕層の欲望主義に過ぎなかった。

 著者は、これら矛盾は資本主義黎明期から内包されていたもので「ゼロ金利は資本主義卒業の証し」と記していた。ではこの先どうしたら良いのか? 目下は解答なしだと記す。出来ることは、せいぜい「強欲・過剰」を控えつつ、新しいシステムの構築模索を続けるのみ、と突き放し。

 次に世界の資本主義分析。米国が「電子金融勇敢」で金融(資本)帝国で君臨した一方、陸の国=ドイツ・フランスはEUで「領土で帝国化」で単一通貨ユーロ導入。だがギリシャなどの財政危機、英国の離脱などで深刻さを増している。生き残るのはどっちか~

 小生は経済学者・哲学者・為政者でもなく、ただの長屋隠居(しかもボケ気味)みたいなものだから、そこからの難しい問題はわからない。ただ現代の私達が直面する「気候変動」や「コロナ禍」対応から、なんとなく新しい方向が見えてくるような気がする。「地球環境」では米国より先んじる欧州に注目。コロナ感染では各国の無理・矛盾が顕在化している。収束に成功した台湾から学ぶことも多そう。

 いずれにせよ「富の不均衡是正」と「教育の普及拡充」が大きなポイントにもなる気がしないでもない。我らの世代は高度成長やバブルで浮かれた時期もあったが、子供や孫らが希望を持てる世界になりますように願うばかり。小生に何が出来るだろうかと~。(このシリーズ完)

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