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辻まこと(2)西木正明「夢幻の山脈」 [週末大島暮し]

mugen_1.jpg 瀬戸内寂聴「美は乱調にあり」「諧調は偽りなり」は、甘粕事件で虐殺された大杉栄、伊藤野枝の評伝。野枝の少女~学生時代、辻潤との出逢い、結婚生活、「青踏」参加、そして大杉栄との暮しのなかで葉山「日陰の茶屋」事件、甘粕憲兵大尉(軍部)による虐殺。その後の辻潤の隠遁者のような比叡山の暮しなどが描かれていた。その辻潤と野枝の子が「辻まこと」で、彼が伊豆大島・三原山に撃墜された「もく星号」乗客・小原院陽子が持っていたダイヤを拾い集めたというのである。

 まずは西木正明「夢幻の山脈」(中央公論社刊)を読んでみる。同書は辻まことの評伝小説だが、いささか品がない。例えば平気でこんなことを書く。「イヴォンヌがひときわ大きな声をあげ、男の胴に両脚を巻き付けた。おとこの尻に緊張感がみなぎり、ぐっと深く押し込んだまま静止した」。 実名小説でここまで書く神経がわからぬ。

 イヴォンヌは、辻潤の友人・武林夢想庵(小説・翻訳家)の娘。昭和3年に辻親子が新聞社文芸特派員としてパリ滞在中に、武林親子と交流。昭和3年といえば「寒村自伝」で記したばかりで、共産党員が多数検挙された「3・15事件」の年。上記エッチ描写は、辻まことが昭和20年1月、父・辻潤が淀橋区落合で餓死の報に一時帰国し、満州の東亜新報社宅に戻った時の、妻・イヴォンヌの浮気現場。

 辻夫妻は帰国後に離婚。昭和23年、辻は満州時代の絵の友人・西常雄と銀座で再会し、小原院陽子を紹介される。西は彼女の横顔を、こう紹介する。「渋谷を仕切る大安組組長安藤覚の娘。噂では甲府に駐留のミルズ少佐がパトロンで、その筋から米軍に食い込み宝石類を売り込んでいるらしい宝石デザイナー」。以後、二人は渋谷の焼け跡を縫った先の瀟洒な洋館を訪ねて、しばしば酒宴。

 松本清張「風の息」では「小原院陽子」は相善八重子の名で、「一九五二年日航機『追撃』事件」では烏丸小路万里子の名で登場する。 比して西木正明「夢幻の山脈」では小原院陽子、彼女に絵の手ほどきをしたのが朝倉摂と共に実名登場。それでいて「渋谷を仕切る大安組組長安藤覚の娘で、本名は安藤陽子」と記す。渋谷を仕切るなら安藤昇だろうが、彼は大正15年生まれで、彼の娘設定なら年齢的に合わぬ。安藤覚といえば新聞記者から衆議院議員を5期務めた人物で、彼とも無関係。実名と虚構の入り混じりの無茶な記述。「辻まことファン」にはちょっと納得いかぬだろう。

 まぁ、読みかけたゆえに、辻まこと・西常雄が三原山の裏砂漠でダイヤを拾う場面まで読んでみよう。(続く)


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