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荒畑寒村「寒村自伝」まで [読書・言葉備忘録]

kansonjiden1_1.jpg 荒畑寒村「寒村自伝」上巻を読了。読書備忘録を記す前に、まず日本の社会主義運動の活き証人と言うべき荒畑寒村の自伝を読むに至った経緯を記しておきたい。

 学生運動、労働組合運動、メーデー無縁。おまけにベースアップやボーナスも無縁のフリー稼業で隠居に至った身で、なぜに「寒村自伝」なのか。そもそも坊主頭でガキ風貌のあたしが、本を読むなんて信じぬ友もいる。近所の自転車屋オヤジは「その歳で、読む本なんてあるのかぇ」と言う。同じマンションンの創価学会のオバサンは「図書館に行くって、まぁ、太宰治でも読むのかねぇ。アッハッハッハ」と笑う。

 さて、同書に辿り着く端から記す。まず新聞で地元・大久保に映画スタジオが明治42年に建設されたとの記事を見たのが最初だった。映画スタジオを作った人物は梅屋庄吉。彼の評伝、小坂文乃「革命をプロデュースした日本人」、車田譲治「国父孫文と梅屋庄吉」を読む。彼は博多で事業失敗して東南アジアへ。シンガポールでの映画上映で当て、帰国後に映画会社を設立。儲けた金を、アジア時代に盟友の契を結んだ孫文の辛亥(しんい)革命支援金に惜しげもなく注いだ。

 梅屋は大正10年に世を沸かせた柳原白蓮と宮崎滔天の息子・東京帝大生の宮崎竜介との恋を陰で支えていたとか。そこで白蓮の人生を記した永畑道子「恋の華」を読んだ。白蓮と竜介は晩年まで目白の宮崎滔天宅で暮したが、そこに吉原の花魁が逃げ込んだ。同花魁の手記「春駒日記」を読む。

 宮崎滔天宅が今もあるというので目白界隈をポタリング。目白通りから池袋方向に入ったところに、当時の面影を残す滔天宅があった。目白通りに戻って関口(目白台)の佐藤春夫邸へ。近くに瀬戸内寂聴や谷崎潤一郎らも住んだ(仕事場にした)目白台アパートもあり。佐藤春夫邸のモダンな建物の設計は大石七分。この妙な邸宅が出来る経緯を知りたく佐藤春夫全集をひもとく。彼は故郷・和歌山の新宮で、父と同じ医者仲間だった大石誠之助、大石の甥・西村伊作らの影響を受けつつ少年期を過ごした。しかし大石誠之助は「大逆事件」で刑死。西村伊作は建築家になり、後に文化学院を創立。ここで加藤百合「大正の夢の設計者~西村伊作と文化学院」、黒川創「きれいな風貌~西村伊作」を読む。佐藤邸設計の大石七分は伊作の弟と知る。

 西村伊作を読めば、和歌山・新宮を震撼させた「大逆事件」が改めて気になる。あたしんチの近所、余丁町には東京監獄の処刑場跡に12名処刑者慰霊碑がある。近くに住んでいた永井荷風は、彼らの護送姿を見て何も発言できぬことから、江戸時代の戯作者に身を落とすことを決意した。かくして熊野新聞社「大逆事件と大石誠之助」、大石を主人公にしたフィクションで辻原登「許されざる者」を読む。それでも「大逆事件」がよくわかったとは言えず、唯一の女性刑死者・管野スガの獄中の述懐から刑死までを克明に迫った瀬戸内寂聴「遠い声」を読む。新宿西口にある管野スガの慰霊碑を掃苔。これで明治・大正の社会主義者らの厳しい闘いが少しわかってきた。菅野スガは、夫の寒村が「赤旗事件」で獄中の間に、幸徳秋水と結ばれた。荒畑は出獄後にピストルを懐に彼らの後を追った。

 社会主義運動は「大逆事件」で静かになったが、荒畑寒村は大久保・百人町の大杉栄の裏隣に移転し、大杉と共に「近代思想」を創刊。佐藤春夫は大久保在住時に大杉と逢って文学論を交わしている。佐藤邸設計の大石七分は、フランスから帰国後に逗留したホテル隣室に大杉栄・伊藤野枝を呼んだ。同ホテル滞在中に二人は葉山「日陰の茶屋」に出かけて、大杉は神近市子に刺された。同ホテルの文壇資料として書かれた近藤富枝「本郷菊富士ホテル」を読み、彼女にそれを書かせることになった瀬戸内寂聴「鬼の栖」も読む。

 瀬戸内寂聴は野枝(と大杉栄)の人生を「美は乱調にあり」で書く。野枝はダダイスト辻潤と結ばれ、「青踏」に参加。野枝は平塚らいてうが若いツバメにうつつを抜かして人気凋落した「青踏」を預かる。そこに大杉栄が接近。野枝を辻潤から奪う。大杉は妻・保子、野枝、神近市子とフリイラブ。瀬戸内はその後の甘粕事件に納得できずに、大杉が神近市子に刺されたところで筆を置いた。彼女は16 年後に改めて甘粕による大杉、野枝、甥っ子虐殺までを「諧調は偽りなり」で書ききる。(を読む)。

 そして評伝ではなく、これら登場者らの本人著作を読むに至る。まずは大杉栄「自叙伝/日本脱出記」。そして荒畑寒村「寒村自伝」へ。同著は明治・大正・昭和に渡っての社会主義運動の活き証人の自伝。軍政、官憲に挑む社会主義運動の変遷、同時にそこに織り成す人間模様、暮しが描かれた名著。毎日出版文化賞、日経図書文化賞、朝日文化賞を受賞。


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