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日本語(2)「てんてん」の本 [くずし字入門]

manyousyu_1.jpg 新宿中央図書館へ行った。沼田克明著『濁点の源流を探る』はなく、山口謡司『てんてん~日本語究極の謎に迫る』があった。

 裏表紙のコピー。~「かな」を濁った音にする「てんてん」は、近代に発明された記号である。『古事記』『万葉集』など万葉仮名で書かれた日本語には、濁音で始まる言葉はほとんどなく、江戸の人々は、「てんてん」がつかない文章でも、状況に応じで濁る・濁らないを判断していた。自然の音を言葉にする能力に長けた日本人の精神性に根ざした「てんてん」の由来と発明の真相に迫る!

 テーマが明確に記された文章。だが同書をひもとけば、話がやたらに彼方此方へ飛ぶ。体系的・理論的に理解するには程遠い。どんな方が書いているのだろう。顔写真はア―写(タレント宣伝写真)、選挙写真のよう。誰に微笑んでいるのだろうか。言語学者イメージはない。「読むのを止めようかしら」と思ったが、ちょっと立ち止まって著者周辺を探ってみる。絵も書も達人とか。絵は湯村輝彦や先日亡くなった河村要助らのヘタウマ系イラスト風。夫人はフランスの方らしい。本を閉じようとしたら板橋は大山在住らしい。それで拒否感が少しだけ薄れた。

 あたしは中学の時に、別中学の女番長っぽい方から呼び出しを受けて、ビビり向かったのが大山辺り。そんなことを思い出す頃に、同書にまとまりがないのは、あちこちに書いたものを強引に一冊にまとめたらしいと推測した。

 中学時代を思い出したついでに、同書を読む前に中学程度のお勉強をし直す必要があろうと、以下をお勉強した。「平仮名」は奈良時代に使われた借字(万葉仮名)を起源にする。そうか。では『万葉集』(延暦2年・783)から一首をあげてみよう。原文(写真上)「吾勢子波 借盧作良須 草無者 小松下乃 草苅turayuki_1.jpg核」。解読すれば「吾(わが)勢子(せこ)波(は)借盧(かりほ)作良須(つくらす)草無者(かやなくは)小松下乃(こまつがしたの)草苅核(かやをからさね)」

 「万葉集=万葉仮名=当て字」だな。これら当て字から「波・者を草書体にした〝は〟の形」のようにして平仮名が生まれて『古今和歌集』が誕生。その巻1の2、紀貫之の歌(原文・写真下)を見る。「そてひちてむすひし水のこほれるを春たつけふのかせやとくらむ」。そ(曾)、む(武)、す(春)、つ(川)。江戸時代の「くずし字」と同じ。濁点なし。紀貫之は後に平仮名で『土佐日記』を書いた。

 一気に明治33年〈1900)へ飛ぶ。「小学校令施行規則」第一号表「あいうえお」の48字(ゐ、ゑを含む)が示された。ここまでを予習して「濁点(てんてん)」について~(続く)

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