SSブログ

水無しの音無橋に狐啼き [くずし字入門]

oujie1_1.jpgotonasibasi1_1.jpg 次は飛鳥山の麓の王子。絵は「おせうぞくゑの木」(装束榎)と「おうぢのいわや」が描かれて、文は「王子初午」と題されている。以下、釈文に私流メモを交える。

 

 「衣更着初午。王子稲荷参詣とて。あすか山のほとりより。老若男女群集して。百度参りの員取のさし社辺に充り。山に至りて狐穴を拝し赤飯をさゝげ奉り。」

「衣更着」は、寒くて衣服を更に着ること。如月、二月。「初午=はつうま・はつむま」はお稲荷さんの誕生日。「百度参りの員取(かずとり)」は数取。数を数え覚える串や木の枝など。「さし」は穴あき銭にとおす麻縄。

 

 「かえりまふしに王子社へ遥拝しぬ。伝え云此の稲荷ハ関八州のとうりやう也とて。毎年極月晦日の夜。狐あつまりて。鳥居に至りて。官位の差別あるよし。其ときの衣装榎とて。田の中に有り。此所に先あつまりて。社の方へ行くよし。近年殊に霊験あらたにて。毎月牛の日の参詣。引きもきらず。のぼりてうちん道路にミてり」

 

「かえりまふし」は「帰りついで」だろう。「遥拝」は遠くから拝むこと。「極月」は十二月。「衣装榎」に集う狐らの絵は広重が描いている。「のぼりてうちん=幟提灯」だろう。「ミてり」は完了で、見えるだろう。どうも素人ゆえ「だろう」連発になる。

 

今は「音無橋」下が「音無親水公園」になってい、昔の面影を再現するかの造園になっているが、子供時分は不気味な谷だったように記憶している。これは昭和30年頃からの約20年に渡っての神田川(音無川)改修工事で、まず水路が変わって不気味な“水無谷”だった頃の風景を子供時分に見たのだろう。谷底にうごめいていたのは狐だろうか…。

 

oujibun3_1.jpg音無橋は昭和五年十一月竣工。震災復興橋のひとつだろう。三連アーチ橋で、御茶ノ水の「聖橋」に似ている。設計は全国各地の有名橋設計の増田淳とか。両側共に二か所の小半円バルコニーが張り出て、子供時分に不気味な“水無谷”を覗き込んだのはここからだったように思われる。

 「おまいさん、今日はどこに行ってきたんだぇ。おや、王子かい、だったら扇屋の卵焼きを買ってきたかえ。なに、忘れた。そりゃないよ」とかかぁが言われた。西村重長版『絵本江戸土産』上・中・下巻、次回で全終了。


コメント(0) 

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。