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荷風さん千疋屋でメジロ飼ふ [永井荷風関連]

mejiro191_1.jpg 過日、荷風の「七輪好き」調べで『断腸亭日乗』を読み直していたら、昭和二十四年十月十三日に以下の記述があり。荷風七十一歳である。

  

 …毎月寄贈の出版物を古本屋に売りて参千余円を得たれば午後銀座千疋屋に赴き一昨日見たり小禽(ことり)を買ふ。籠金八百拾円、小禽金弐千五百円。餌の稗(ひえ)五合にて金百円なり。

 

 ウム、フルーツパーラー「銀座千疋屋」で小鳥を買ったのか。そんなワケはなかろう。「千疋屋」へ行く途中での意かもしれない。さて、何鳥を買ったのだろうか。十月十五日の日乗に「目白も虫も鳴くこと頻(しきり)なり」。買ったのはメジロだろう。番(つがい)を購ったか。

 

今度は六月廿二日。「亀戸電車通精巧舎前に小鳥屋ありて餌も賣る由(よし)聞きつたへ夕方尋ね行きて稗と粟を購う。銀座千疋屋にて購ふよりは倍以上もやすし。」 なんとまぁ、本当に「千疋屋」で小鳥を売っていたことになる。終戦後はなんでもありだったのだろう。それ以後の日乗に、度々「午後亀戸小鳥屋にて稗を買ふ」が登場する。 

 

荷風さん、バッグにメジロの餌を忍ばせて、浅草の裸の踊り子らと遊んでいたらしい。この頃に、踊り子らと某所で幾度も秘戯ムービーを楽しんでいるが、昭和二十七年に文化勲章を受章。身辺がにわかに忙しくなったかで、以後に餌の購入記述はなし。荷風さんが亡くなったのは昭和三十四年四月で八十歳。メジロは何年生きたのだろうか。

 

今は野鳥保護で飼い鳥の多くは禁止されているが、子供時分は我が家でもカナリア、十姉妹、文鳥を飼ったと記憶している。「飼い鳥」は曲亭馬琴の時代も大ブームだった。『曲亭馬琴日記』にはカナリアをはじめの飼育記述が多く、小鳥を狙って出没する蛇と闘う記述もあり。そんな馬琴の飼い鳥を紹介したのが細川博昭著『大江戸飼い鳥草紙』(吉川弘文館)。とても面白い。


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